ユグドラル大陸武闘伝記:ザ・ナイツ・オブ・ナーガ

         序章:「円環する歴史を断ち切ろうとするまで」


 遙か昔、ユグドラル大陸は群雄割拠の世界であったが、高い知識と技術を持ちつつ、人間界に手を出さない旨を律としていた古代神聖科学者集団、「神竜族」の一人、ガレが禁忌とされていた暗黒竜との契約を犯し、その力を以て、大陸を制覇し、暴力と陵辱、貧困と富の一極集中の世界に変えたのが約千年前の出来事。

 それを憂いた神竜王ナーガがお供の11人の神竜族を引き連れ、そのころの反乱軍を率いていた12人の代表に力を分け与え、ここに、世に言う「十二聖戦士」が成立したのである。
 激しい戦いを幾度も繰り返し、暗黒竜ロプトウスを駆逐して、ユグドラル大陸にグランベル・イザーク・アグストリア・トラキア・レンスター・シレジア・ヴェルダンと国を割拠させて国王、公爵領として統治をはじめたのが、今より約800年前。

 ここから、大陸暦が制定され、大陸暦元年とされたのである。

 大陸暦の長き時の流れは、暗黒竜と戦ったときの苦難を忘れさせ、やがては王族、貴族同士の派閥を作り、国同士の小競り合いも滲み出してきたが、技術の発展、議会の成立、土地の民営化、貴族の名誉称号化などの政治の成熟さも相まって表面上はおおむね平穏に推移していた。

 しかし、その流れを打ち破るかのように、イザークの一領主による暴走がすべてを動乱に導く。
 グランベル王国やアグストリア諸公連合内の派閥の軋轢。
 トラキア半島南側と北側のマンスター地方で起こる南北問題。
 他国より侮蔑の目で見られていたヴェルダン王国の蠢動。
 そして、それらを利用し、裏から糸を引いていた暗黒竜ロプトウスを崇め、血と欲望を何よりも愛する暗黒教団残党の策謀。

 それらが結実した大陸暦760年、それらの問題を解決しようとして動いていたシアルフィ公シグルドの率いた軍がバーハラ王城郊外において全滅した事件「バーハラの悲劇」が発生。
 それに伴いグランベル王国の全権を掌握したヴェルトマー公アルヴィスが、最後まで抵抗していたシレジア・レンスターを滅ぼし、内乱後統治していたイザーク・アグストリア・ヴェルダンをあわせて、グランベル帝国として成立させ、アルヴィスは初代皇帝に就任した。

 最初のうちは帝国も国として機能しようとしていたが、やがて生まれた皇子ユリウスが暗黒教団教主のマンフロイの手によって暗黒竜ロプトウスとして覚醒、大陸はさらに闇につつまれ、子供狩り、娘狩り、財産の搾取、無意味な殺人などが幅をきかせる千年前に逆戻りした感があった。

 しかし、シアルフィ公シグルドの忘れ形見、セリスがイザーク王子シャナンやシレジア王子レヴィンなどの力を借り、各地に散らばっていた、バーハラの悲劇に散った聖戦士たち、従って殉じた兵士たちの子弟がイザーク半島の寒村、ティルナノグに集結。

 「この大陸を闇より解放し、泣く人を一人でもなくしたい!」

 このセリスの決意の言葉とともに、集まった集団は解放軍として蜂起し、イザーク半島から統治していたドズル公国軍を電光石火のごとく駆逐。
 同時期にマンスター地方で蜂起した、故レンスター王国国王キュアンの息子、リーフも苦戦していたがセリス率いる解放軍に合流し、さらに子弟を集め、賛同する勢力、降伏する勢力を統合し、戦争終了後の援助などの約定の上でトラキア王国を通過、ミレトス地方を制圧、途中幾多のアクシデントがあったもののかつて自分たちの親が死んでいったバーハラ郊外において最終決戦が発生、暗黒竜ロプトウスは、その身に神竜王ナーガの力を宿したセリスの異父妹、ユリアが駆逐し、解放軍は無事、戦闘を終了させた。
 そして、解放軍は残党の後始末や、民衆の護衛のみを行い、政治は旧帝国の官僚の生き残りが行うこととなった。

 しかし、旧勢力残党や暗黒教団はゲリラ化し、解放軍や地方の守備隊を悩ませることとなり、元々暗黒教団による無軌道な国家経営は、ユグドラル大陸各国を疲弊させていた。 1年たっても有効な対策を打ち出せないままであったので、旧グランベル帝国の官僚の中でも、大陸のことを憂いていた者たちは解放軍の盟主のセリスに相談を持ちかけた。

 「何とか、暫定的にでも皇帝について、強力に国勢を推し進めてはもらえないでしょうか?」

 しかし、セリスは首を縦に振らなかった。

 「以前の貴族制につながるような皇帝という称号はもうやめた方がいいんじゃない。僕たちは何も大陸制覇が目的じゃない……暗黒教団を倒したからって、その後の政治まで出来ると思う? 政治には素人だよ、戦えても」
 「そ、それは……しかし、我々の誰が舵取りとして政治をしても、また内乱の元になるでしょう……強力に推し進めることの出来る存在が」

 官僚の一人の言葉にセリスの表情が冷たくなり、そして言い放つ。

 「ふーん……僕たちは御神輿な訳だ、担ぎやすい。そして、勝手に派閥を作って勝手に争って……父上や母上が死んでいったことをまた繰り返せと言うのか! この1年見たけどまたぞろ繰り返しじゃないか!」

 セリスの思わぬ怒声に官僚達が思わず顔を伏せる。
 しかし、官僚達の中から進み出てきたのが、解放軍の戦争時からの協力者、パルマーク行政官である。

 「セリス様の怒りはごもっとも……そのことに関しては、我々も何も申し開きできますまい。かといって総辞職したところで変わるものもないので、恥をさらしつつも何とかしようと思っております。ここに集った者たちは、その怒りを身に受けても、セリス様の手足になろうと誓った者たちばかり。なんとか、この者達の心情を汲んで、民衆の平和のため、この乱れた世の中を正すためにお力をお貸し願えませんでしょうか」

 パルマークの言葉に、セリスもさすがに怒鳴ることはやめたものの、さすがに冷たい表情は消しきれなかった。

 「……とにかく、すぐに返答は出来ない。僕がその位に就くと言うことは上下関係も生じて、いろいろとややこしい事になりかねない。みんなと相談させてもらう……良いね」 「分かりました、是非とも色よい返事をお願いします」

                     *

 「……皇帝なんてなれるものか……僕がもし其れになってさ、みんながそれぞれの国に散って、国王やら貴族やらになって、官僚達の良いなりに政治してさ、んで『国家』の名の下にまた喧嘩しだしたらどうすればいいの? 僕は嫌だよ、レンスター王リーフとトラキア王アリオーンの仲裁なんて」
 「……僕も嫌だよ、姉上と仲良くしてる義兄上見てると、喧嘩なんか出来やしない」

 皇帝就任の要請のあった夜、早速セリスは解放軍の主要スタッフを全員集めて、車座になって相談していた。
 セリスの言葉にリーフが応え、アリオーンとアルテナが苦笑する。

 「其れは礼を言うべきなのかな……まあ、でも私ももう戦争での民衆の苦しさを見てきた以上、今更南北問題を蒸し返すような事はしたくない、民衆同士もいずれ分かってくれるようにしないとな」

 アリオーンの言葉にうなずくセリス。

 「うん……ここにいる人間だけで決めるのなら……苦労ないんだけどね」
 「かと言ってそうも行きますまい。皇帝になられても、官僚は残りますし、今の混乱をもうけの時期ととらえて私腹を肥やす企業もいますし、結局はその多数の力に押されるのが……」

 オイフェも渋い顔をする。
 かつての主君、シグルドを死なせる過程を知っていただけに、セリスの言葉に同調したくなる。

 「そう言った派閥に対抗するためにも、解放軍は一つところに集まっていた方が良いかもしれないな。だが、パルマーク達の言う事ももっともだ、これ以上混乱が続くと其れこそ、その乱に乗じて、暗黒教団が復活しかねん。今レヴィンはその調査にでているのだろう?」
 「そうなんだよね……」

 シャナンの言葉にさすがに渋面を作りつつもうなずかざるを得ないセリス。

 「何か良い案ないかなぁ……こう、皇帝みたいにずっと国政に関わらなくてすんで、それでいて政治を強力に進めて、出来るだけ短期間にいろいろと改革が出来る方法。せっかく議会制度もあるのに。王政復古なんて洒落にならないよ」
 「そんな案があれば良いんですけどね……そう言えば、ダーナ神殿地下の神竜族の古代知識ライブラリーには、政治形態について何か書かれていませんでしたか?」
 「…………そういえば、僕たちが見たのは戦闘装備の事や武闘技のことだけだったね」
 十二聖戦士に神器を授けたとされるダーナ神殿の地下には、神器とともに神竜族がこれまで蓄えたとされる様々な知識も、膨大な文献として、光学ディスク化されて残っていたのである。

 「そのあたりの知識も残ってませんかね? もし読み落としがあったら検討できる知識もあるかもしれません」
 「ここでしゃべっても分からないしね……今から行ってみようか」

 セリスの言葉にみんなが賛意を示し、レヴィンの提案によって建造された、大規模ワープ施設を使って、バーハラ行政府からイード神殿の防衛施設に移動する。
 そして、地下のライブラリーに入ったセリス達が、手分けして政治形態に関して書かれている文章を探していると、ユリアが声を上げる。

 「セリス兄様? ここに何か政治の事に書いてあるみたいですよ?」
 「ん? どれどれ……」

 その保存されていた文章をプリントアウトし、ライブラリーに入りきらなかったスタッフに配られる。
 
 「『大統領制』か……」
 「……皇帝並みの権限をそなえ、でも、選挙はないがしろにしない。直接選挙制か」
 「政党が派閥みたいに見えるのは気になるけど」
 「それはやむを得ないよ、一人だけで政治は難しいし……」
 「いっそ俺たちで政党作るか? 絶対勝てるぞ」
 「政治に縛られたくないな……絶対国の利益に縛られることになるし」

 いろいろと意見が上がりそれらがだんだんと一つの形を帯びてきて、やがてオイフェが意見をまとめる。

 「セリス様がこの大陸全体の代表、暫定の大統領になって、元々あった国もまとめて、『連合共和国』として治める。元々あったレンスター以下6つの国は、リーフ様達が『首相』としてまとめつつ、スタッフや官僚達が協力し、全員はバーハラ行政府に集まって政務を執る。任期は4年の1期まで。再選は拒否し、次の選挙で、民衆から代表を選ぶ。というような感じですかな」
 「……最大4年ね……」
 「仕方なかろう。そのあたりが腰据えるのこの出来るぎりぎりのラインだろう、これより短いと、暗黒教団の目当てにしてる奴らも倒せずに、最初の選挙で大混乱、ということになりえるからな」
 「最初の選挙まで持たないかもね」
 「その程度でつぶれるような、ヤワな治世にするつもりか? セリス……」

 シャナンの挑発とも取れる発言、そして視線に、セリスは横に首を振る。

 「誰が……やるよ、僕は。与えられた時間と力を、やがて迫り来る災厄に対して、民衆の生活が少しでもよくなるように、この世界を変えてみせる! 権力の軛に苦しめられる世代は、僕たちだけで、もうたくさんだから…………!!」

 声が震える。
 不安がないわけがない、全くの素人が政治という魔物にも闘わなければならないのだから。
 でも、言葉から沸く、セリスを突き動かす思いは、解放軍のみんなが思っていたものであった。
 と、その時、セリスの背後に人影が一つ現れる。
 気配を感じたセリスが振り向いた瞬間、その人影から声がかかる。