渡る風・留まる炎

 「まったく……親父にも困ったもんだよ。最後まで俺の出生をしゃべってくれなかったな……」

 墓の前にたたずむ黒色長髪、長身の男性。
 名前を、セリオスという。
 墓には彼が供えたとおぼしき野の花とエールの瓶が1本。

 「わかってたよ、俺は。年が経るごとに、親父じゃなく、誰かに似てきたのを」

 イザークはリボー族の族長の親戚、その配下の戦士の家に生まれた。
 母親は物心つく前になくなり、父親の戦士に育てられ、剣の教えも受けた。
 だが、父親の同僚や、リボー城下では、彼の周囲に必ずささやき声が起きた。

 『似ているなぁ』
 『ああ、似ている』
 『あの時の』
 『ああ、殺された侍女の面影がな』
 『それと、父親の面影がな……』

 いやでも耳に入るうわさ話。
 しかし、セリオスは柳のようにそれをやり過ごした。

 身体に宿る属性の占いを受けたときの占い師の台詞。

 「……まるでシレジアの風のようじゃな。この者は。イザークの砂を巻き上げるか、熱風を運ぶか、オアシスの心地よさを運ぶか、はたまた、暴風のごとき威圧を見せるか……いや、彼はすべての風を統御するであろう。理由は読めぬが、断言はできる。風は、どこからでも現れ、運ぶ、儂に読めないモノをこの身に運んでおるのかもな」

 この言葉だけは父親から聞かされた。
 きっと、生まれにひがまぬよう、視野を狭めぬようと思った親心だろうが……。

 「まあ、なんとかやってみるさ。いつかまた顔を出しに来るよ」

 つい2・3日前に父親は死んだ。
 セリオスが18歳の誕生日を迎えた日に。
 60歳も超えていたら、まあ、寿命の方だろう。
 セリオスはそう思い、不思議と涙は流さなかった。
 淡々と父の葬儀を進め、遺品を処分し、家をも処分した。
 手持ちには2500Gの金が残った。
 それで自分用の鉄の剣を買い、傷薬と、たいまつを念のため購入しておく。
 すでにリボーから心は離れていた。
 旅支度を調えていく。

 真の父親に名乗りに行くことも考えない訳ではなかった。
 だが、最後まで言わなかった、育ての親の遺志を汲むことにした。

 【おまえは自由だ、風のように生きろ、イザークの剣風のごとく気ままに暴れろ……】
 墓の前からそう聞こえる気がした。
 だから、セリオスは名乗るのを、過去を知るのをやめた。
 必要なときにいつかは出るだろう。
 だから、未来に踏み出した、風であり続けるための強さを得るために。

 「あんまりいい生徒じゃなかったけど……これからは実践で鍛えてみる。死んだら、その時にでも叱ってくれよ」

 風という割には身のこなしはあまりいい方ではなかった。
 だが、それを上回る運が、セリオスの身を助けた。
 案外、天に愛されてるのかもしれない。

 「んじゃ、しばしの別れだけど……またな」

 備えていたエールの瓶を開け、墓にエールを振りまける。
 唯一の道楽、晩酌の時によく飲んでいたエールの、一番上等な奴を。
 そして、二度と振り返らずに墓の前を後にする。
 後には、一陣の風が吹き付け、野の花を揺らした……。


                        *


 『誰かに必要とされてないと思う前に、必要としたい、されたい人を見つけたらいいのさ。自分から前に出ないとな』
 『でも……そんな人もいないし……見つけるったって……どうすればいいの?』
 『言葉じゃよー説明できないけど……とりあえず、動いてみるこった。「千里の道も一歩から」っていうだろ?』
 『なにそれ? おまじない?』
 『ん〜ちと違うけど……どこかに行くときは足を前に進ませないとそこまで行けないだろ?』
 『うん』
 『それと同じだよ、何でもいいから、前に踏み出してみな』

 その言葉とともに渡すバンダナ一つ。
 白と浅黄色の段だら模様の変わったモノ。

 『とりあえず、それで涙拭いて、きついなと思ったときはそれ見て、俺の行った言葉思い出して、な』
 『え、これ……あなたの……』
 『いいよ、同じのあるから、もっときな』

 後ろからかかる父親の呼ぶ声。

 『あ、親父が呼んでる、んじゃまたあおうな!』
 『あ、待って……!』


                          *


 呼ばれた瞬間に目が覚めた。
 目の前にはたき火が一つ。

 「懐かしい夢見たな……何年前だったかな」

 苦笑するセリオス。
 12の頃、父親の使いの仕事に無理を言って頼み込み、ついて行ったときのこと、とある町で、一人泣いていた少女を見つけた。
 理由を聞けば、天涯孤独になって、どうしていいか分からなくなって、泣いていたとのこと。
 何を言ったかまでは覚えていないが、とにかくいろいろと励まして、涙を拭いてもらうために、自分が持っていた2枚のバンダナのうち1枚を渡して、親父に呼ばれたのであわてて立ち去ったことだけは覚えていた。

 「なんで今頃こんな夢見るんだろうか……人恋しいわけでもないのに。野宿だからかなあ?」

 等とつぶやいていると、遠くの方から馬のいななきが聞こえてきた。

 「ん? おかしいな……馬があればこんなところで野宿する必要ないのに」

 いななきはだんだん速くなってくる。

 「なんかあったのか?」

 不思議に思ったセリオスが、馬のいななきの方に歩いていく。
 程なくして、馬の背に突っ伏して意識を失っている人間が現れた。
 手綱によるコントロールがなくなったので、焦っていなないていたんだろう。
 あわてて、セリオスは声をかけた。

 「お、おい、大丈夫か!?」
 「ん…………うん…………」

 息はあるようだが、かなり衰弱しているようだ。
 とりあえず馬をたき火まで誘導し、地上に自分の旅装束の外套を敷き、馬から下ろして寝かせてやった。

 「うあ……女性だ、後で謝らないといけないかも」

 そこではじめて馬の主の顔を見る

 「……似てる……って、あの時の……」

 決め手になったのはあの渡したバンダナ。
 洗濯で色あせていても、段だら模様だけはかろうじて残っていた。
 それをリボンにして、彼女は持っていた。

 「夢は正夢か……でも、まだ分からないしな、だいたいその時名乗ってもないし」

 等とぶつぶつ言ってると、馬に乗っていた女性が、身じろぎして息を吐く。

 「はぁ……はぁ……」
 「のどが渇いてるのかな……果実水ぐらいしかないが……ええい、ままよ」

 せめてのどの渇きを潤すため、自分の水袋に入れていた果実水を口に含み、そして口うつしで飲ませてやる。
 ちゃんと飲み込んだのを確認して、再び寝かせてやる。

 「密かに失礼なことばかりしてるな……まあ、仕方ないけど」

 苦笑しつつ、上にマントを掛けてやって、セリオスは馬をつないだ後たき火を切らさないように見張っていた。
 やがて、息が落ち着き、暫く寝息を立てていたが……ふ、と目をさまし、身体を起こす
 「あれ? おかしいな……確かフランシスに乗って……」
 「フランシスってのは君の馬か? あそこにつないでるよ」
 「あ、うん……って、途中で頭がくらくらしてから覚えてない……」
 「だろうな……馬に突っ伏して気絶してたからな、そりゃ覚えてないだろう。そのままじゃどうなるか分からないから、申し訳ないが休ませるために、馬から下ろさせてもらった。勝手に身体さわってすまね」

 そう言って頭を下げる。
 そう言われて逆に女性の方があわてて手を振り、そして頭を下げる。

 「そ、そんな、謝らないで……お礼を言わなきゃならないのにそんな風に謝られたら申し訳なくなっちゃうから、気にしないで、ね」
 「いや……もう一つ、謝らなきゃならね、苦しがってるから、気付けと思って果実水を口うつしで飲ませたこともな」

 口移し。
 さすがにこの言葉を聞いた途端、女性の顔が真っ赤になる、が、怒った様子ではない。
 「……言わなきゃ分からないのに、どうして?」
 「隠すのも悪いと思ってな、別に他意はないけど、気を失っていて、何も知らないことを知らないままにするのは、俺的にちょっとな」
 「……それだけ一生懸命になってくれたんだね、ありがと、本当に」

 まだ赤みは残ってるけれど、微笑んで、礼を言う。
 その時に、女性のお腹のあたりから鳴る音が。

 「あ…………」

 再び赤みを増す女性の表情。

 「まあ、飯でも食いながらゆっくりしようか。ちょっと待ってな」

 ちと笑いを抑えながら、セリオスは保存食の封を解き、水で柔らかくして、手早く味付けし、スープ煮のようにして女性に差し出す。

 「もう少し材料があれば良かったんだが、まあ、腹には優しくしたつもりだから」
 「ありがとう……実は3日前から何も食べてなかったの」

 といいながら、すでにふうふうと冷ましつつすすっている。

 「3日前? そりゃひどいな、またどうして?」
 「実は路銀がなくなったの、一番近い闘技場までもう少しかかるから……下手してたらそのまま……かもね」
 「そりゃまたきついな〜しかし、路銀がなくなるほど旅してるってのもすごいが、なにかわけありだな」
 「ん、ま〜ね。いろいろとあってね」

 と、語り出したのは彼女の過去。
 話は過酷、そして残酷。
 自分の話どころじゃないなと思うくらいに。
 けれど、それを語る彼女は、至極明るかった。

 「11か12の頃だったかな、バンダナくれて、『前向きに生きなきゃ損』みたいなこと言ってくれた黒髪の男の子がいたんだ〜その場で別れちゃったけど。今お世話になってる占い師のお使いがあるんだけど、本当の目的はその男の子を捜すことかな〜」
 「いいのか、お使いの方は?」
 「ん、別に、あわてる必要もないし」

 最後だけ濁った言葉尻。
 何かあるのかもしれない、でも、それはこちらから聞くことでもなかった。

 『しかし、自分には聞かないのかなぁ』

 自分も黒髪の男性だ。
 もっとも、あの時に比べれば髪も長くなってるし、顔立ちも変わってるから仕方ないかもしれないが。

 『いっそ自分からバンダナ出してやろうか』

 と意識しかけたが、でも、出せなかった。
 どうしても出せなかった。

 『出しても……イニシャルとかないしな』

 これは自分への言い訳でしかない。
 今言えばさらなる感謝の言葉も来るだろう。
 たき火の明かりで見える彼女は、かなりの美人だ。
 セリオスだって木石じゃない、気だてもかなり活発になったし、かなり好ましい女性に映る。
 でも、だからこそ。

 『本当の今の自分を、判断してもらうか』

 バンダナの君になるのは、それからでも遅くはない。
 それに、もっと強くなって、そうなったときに彼女を守れる強さを手に入れてからの方が、いいに決まってる。
 そう結論づけたセリオスは、出そうとしたバンダナをぐっと押し込んだ。
 いつか見せるときが来るまでに、もっと自分を磨こうと誓いながら。

 「は〜〜〜やっと満たされた気分、ありがと〜本当に」
 「いやいや、お粗末様で」

 彼女の感謝の言葉に、少しユーモアを交えてお返しする。

 「でもさ、こんなにお世話になってるのに、お返しできない……」
 「あ〜あ〜気にしないでいいさ」
 「ううん! そんなことない!! お礼しないと気が済まない、そうだ、身体で……」
 どがっしゃーん!

 思わずずっこけてまっかになるセリオス。

 「あのな〜いくらお礼したい気持ちがあるからといっても、言葉を選びなさい!」
 「え〜でも〜今路銀ないし〜」
 「とか言われてもなぁ……そうだ、そのバンダナの君を探すの、まだまだ、かかりそうだよねぇ」
 「そうねぇ、それだけしか情報ないし」
 「……ここに、料理も出来る旅の道連れがいますが、いかがです?」
 「え? いいの?」

 彼女の目が丸くなる。
 助けてもらった上に、ついてきてくれるとはさすがに思っても見なかったようだ。

 「ついてきた方がお礼もしやすかろ、いつかでいいや、俺は武者修行で当てがないから逆に丁度いいしね」
 「……本当にいいの?」
 「逆に俺からお願いしたいな」
 「うん、いいよ! ありがと〜」

 なんか今にも抱きつきそうな勢いでお礼を言う彼女。
 どうやら、彼女の過剰な言葉や態度は、これが「自然」なんだろう。

 『なんか、ちょっと悩まされそうだな』

 心の中で苦笑する、が、退屈はしなくてすみそうだ。

 「あ、そう言えば、重要なこと聞くの忘れてた、名前、なんて言うんだっけ?」

 これでは彼女のことあまり笑えないな、と密かに思いながら。

 「あ、ごめんなさい、言うの忘れてた〜ユリ、っていうの」
 「いい名前だな。俺の名はセリオス、よろしくな」

 とりあえず、これからへの挨拶、という意味で手を差し出す。
 ユリもためらわず、手を差しだし、その手を握る。
 これがどうなるかは、自分次第、成り行き次第。

 『風の属性の自分らしいな、願わくば、これからも続くように』

 その思いを込めて、セリオスも握りかえした。


                                                   FIN