FE TRPG Story
Yuri side
2005.10執筆
by Sayo Suzumi

螺旋の迷路



 

 何故だろう。その優しさに触れるたびに、心温かくなるのは。
 何故だろう。護られていると気づくたびに、心震えるのは。
 何故だろう。その姿を見ているだけで、想い募るのは。

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 ユリがセリオスと共に旅をするようになってから、約一月が経過していた。一月もほぼ一日中同じ空間で過ごしていれば、相手のことが少しはわかってくるもので。距離の取り方も、なんとなくわかってきたつもりだった。
 シングル二部屋よりツインの方が宿泊費を抑えることができるため、部屋はいつもツインを選択していた。通常、ユリくらいの女性ならば出逢ってすぐの異性と同じ部屋に寝泊りすることはためらうはずだ。だがユリは、二部屋頼もうとするセリオスの横から「こっちのほうが安くすむからこっちにしない?」と口を出したくらいだった。
 信頼しているから、と言ってしまえば簡単なのだが、言ったユリはともかく言われたセリオスは当然のことながら一瞬戸惑いの表情を浮かべていた。しかし結局押し切られるようにツインにしてくれたのだった。
 旅程の都合上やむなく野宿になることもあるものの、どこで過ごすときも彼はユリの身体をこれでもかというほど気遣ってくれる。旅程も彼女の身体に無理ない、普通の人に比べればかなりのんびりとしたものだ。まあ、特に明確な目的地が決まっていないのだから、それでも不都合はなかった。
 二人の旅で問題があるとすれば、それはユリ自身の心だった。
 セリオスはユリのことをかなり理解している。過去も最初に彼女が語って聞かせたし、食事は彼が作ってくれるので彼女の味の好みも理解しているはずだ。なのに、ユリはセリオスのことを何も知らないように思える。彼がイザーク出身だと言うことは知っているが、それ以外は何も知らない。別に他人の生い立ちに興味があると言うわけではない。それがセリオスだから、気になるのだ。自分は理解してもらっているのに、自分は相手のことを理解して上げられていない―――そんな思いがあった。
(…私よりも長い間旅をしているようだし、もしかしたら、どこかに女の人とかいるんじゃないかなぁ……)
 ふと、闘技で汗を流す彼の姿を見ながら思う。
(…って、なんで私、そんなこと心配しているのっ…! 私には、関係のないことじゃない…)
 自分で呟いた言葉に、自分で傷つく。彼の応援をすることも忘れて、ユリは悶々としていた。
「ふぅ…。俺にもだいぶ、ユリを護る力がついたかな?」
 勝利したセリオスが剣を収めて彼女の待つ観客席へと戻ってきた。はっ、と我に返ったユリは、慌ててタオルを渡す。
「お疲れさまっ」
「まあ、そんな状況にならないに越したことはないけれど、他人から見たら喧嘩売っているように見えることもあるかもしれないから、お互い気をつけないとな。俺も、時々喧嘩売るからなぁ〜」
 汗を拭き拭き話を続けるセリオスを、ユリはじっと見つめていた。
 護られることは慣れていないので、こそばゆくもあるが嫌ではない。でも、時々彼のそのまっすぐな想いをどう受け止めたらいいのかわからなくなることがある。
 自分はどうしたいのだろう、どうされたいのだろう、それがいまいちわからないせいか、彼の気持ちに対して疑心暗鬼になっているのかもしれない。
「私が一緒にいる時ならば助けても上げられるけれど、私がついていけないような所で揉め事起こしたときは、気をつけてね?」
 ふと気づくと、そんなことを口走っていた。『その場所』を具体的に口には出さなかったが、ユリの心の中ではそれは決まっている。
「無論だ。気をつけるよ…」
 セリオスはユリの言葉の指し示す真の意味に気がついているのかいないのか、即答してきた。
「…なんにせよ、横にユリのいない状況のほうが考えにくいけどな」

 ――――――やっぱりわかっていない。

「だって、私を連れて行くわけには行かない場所もあるじゃない? …まあ、行った先で手当てしてもらって帰ってきてもいいけど……」
 無意識に爪を噛みつつ、ユリは呟く。
 セリオスの手当てをするのは自分の役目だ、自分だけの特権だ、と思ってきたのだ。彼が他の女に手当てをされている姿を思い浮かべると、何だか―――悔しい。
 どこかへ出かけたとしても、必ず自分の元に帰って来てくれるとは信じている。バンダナの君が見つかるまで同行してくれる、という彼との約束は一種の契約だ。彼がそれを破るとは思えない。
 だから、だから―――もし他の女の所へ出かけることがあっても、契約には抵触していないのだから文句は言わない、言ってはいけないと思っているのに。
「あるけど、数えるほどしかないな。そのときにはお互い気をつけよう」
 セリオスは苦笑しつつ、ユリを見る。
「―――あるんだ」
 彼女の口からは彼女自身が想いもよらぬほど低い声が出ていた。彼があっさり肯定したことで、心の中に渦巻く何かが増大した気がした。
「私は『そこ』には一緒にいけないものね〜」
「ま〜、トイレにはこんだろ」
 拗ねたように言い捨てたユリに、セリオスは笑いながら告げた。
(むぅ、誤魔化そうとしている。私は、はっきりわかれば、嫌がったりしないのに―――多分)
 そのセリオスの対応が、ユリには気にくわないのだった。
「トイレじゃないもーん」
「どこだよ?」
「え? 私に言わせるの?」
 拗ねるように視線を移したユリ。しかしセリオスは彼女の真意が本当にわからないのか、汗を拭く手を止めてきょとんとしている。
「…だって、俺は生理現象のつもりでしか言ってないぞ?」
 そこでやっと彼はユリの考えていることがわかったのか、そっぽをむいた彼女に言い聞かせるかのように語り始める。
「ずっと親父にひっついて剣ばかりふってたしなぁ、あまりいい出来じゃないけど。他の友人は色々遊びに行ってたみたいだが、付き合ったことねーしな」
「………」
 ユリは恐る恐るセリオスを視界に納める。
 不安で不安で、仕方がないのだ。
 自分は物分りのいい女でいるつもりだった。彼の女性関係に干渉する権利なんてないのはわかっている。だから、我慢しようと思っているのだ。
 我慢するのは、慣れている。
 だから、はっきり言ってくれればいいのに。
 怒らないのに、軽蔑などしないのに。
 ただ、なぜだか心が痛むのを、苦しくなるのを、私が我慢すればいいだけなのだから。
「……女の人のところへ行くのでしょう? 私に、遠慮しなくてもいいから……」
「………」
「セリオスくらいの男の人とか、もっと若い人でも、女の人のところへ行くのでしょう? 花街、とか…本に書いてあったもの!」
 セリオスはユリより長い間旅をしているという。それならば今まで旅をした地に女の人―――恋人とかがいる可能性も大いにあるだろう、とユリは考えていた。
 実際、師匠の元に寄せられる相談にはその類のものも多かったし、中には正式な妻がいるのに地元の花街へ行ったり、旅先で女の人と関係を持ったなどという話も聞いていた。
 自分はセリオスの妻でもなんでもないのだから、彼の行動を束縛は出来ない。けれども隠し事をされるのは、これから先も共に旅を続けていく上での信頼関係に大きくヒビを入れることになる――――――と思う。(と、自分のわけわからない感情に無理矢理説明をつける)

「……別に?」

 しかしそこまで堅牢に打ち立てたユリの説明は、その一言で打ち砕かれた。
 当のセリオスは、無表情と言うかどこか心外だ、とでもいう表情でユリをまっすぐ見つめている。
「…………」
 ユリの思考は、彼のその一言を理解するのに数秒を要した。
「…違うんだ?」
「まあ、無実証明するのはむずかしいが…縁なかったな、女性も、ましてや花街も」
 恐る恐る尋ねた彼女に、彼はため息の混じっていそうな声色で続ける。
「それに、行きたいと思ったこともないしな」
 それはそれで健全な男性としてどうだろう、とか、彼の見目麗しい容貌なら、女性が放っておかなかっただろうにと思ったが、そんなところに突っ込みをいれている余裕が彼女にはなかった。
「…ふに……」
 自分が勝手に思い込んで勝手にもやもやしていたのだと気がつき、恥ずかしくなる。
 不思議と、彼の言葉を疑うなんて気持ちは浮かんでこなかった。そう、彼女は彼を信用しているのだ。
「花街で使う金があったら、もっといい剣買うな」
 茶化すようにそう言った後セリオスは、自分の勘違いに気がついて赤面してしゃがみこんだ彼女と目線を合わせるようにしゃがむ。
「ま、思わせぶりなこと言ったの俺だしな、すまね」
 謝らなくてはならないのは彼ではない、自分だ。そうわかっているのになかなか必要な一言が出てこない。喉の奥に引っかかってしまっているようだ。
「……だって、セリオスが……」
 やっとそれだけ告げたものの、語尾はなかなか出てきてくれそうにない。
「ん? どした?」
 彼が不思議そうに、けれども自然に促すように黒い瞳を向けている。
 ユリはその黒い瞳を見つめ、半ば自分の勘違いの八つ当たりをするかのように思い切り口を開いた―――ただし、やはり恥ずかしくて小声で。
「……他の女の人のところに行っちゃうこと考えたら…なんだか凄く、すごく嫌だったんだもん……」
 言ってしまった後で「ああ、黙っていてもいいことだったかも」と思ったが、一度出てしまった言葉は取り消すことが出来ない。
 目の前の彼の瞳が一瞬驚いたように大きく開いた。きっと自分が真っ赤になって変な顔をしているからに違いない。そう思うと先ほどの台詞も「子供っぽかったかな」などと思えてきて。
「行かないよ…横にいてくれると、それだけで暖かくなるから」
 セリオスは、そう言ってユリの頭を優しく撫でた。その表情には先ほどの驚きは残っておらず、代わりにくすぐったそうな笑みが浮かんでいた。
「…うん、わかった……」
「ぬくもりくれる人を、おろそかには出来ないよ…まだ信用できない?」
 自己嫌悪でうつむいたままのユリに、セリオスは優しく笑いかけてくれる。

(―――この優しさは、罪だ。このままではどんどん―――離れがたくなってしまう)

 こんなにも大切に扱ってくれて、こんなにも暖かい人と、いつかは離れなくてはいけないとわかっている。
 だから、こんなにも切なくて。
 なのになのに、離れたくないと思ったりもして。
 お師様のくれたものとは違う優しさ、違う暖かさ。
 お師様に持ったのとは、違う感情。
 涙が出そうなくらい、胸が痛くて。
 ユリは弱々しく首を振って、言葉を選んだ。
「……ごめんねぇ…。ほら、私と出会う前に色々旅をしていたみたいだから、知っている女の人のところに行ったりしないのかなぁ…って。私に気を使わなくてもいいから、行ってもいいよって…思っ……」
 途中で言葉に詰まる。
 本当は思ってもいないことを口にするのは、我慢するのは慣れているはずなのに、なぜだろう。涙が溢れそうで、ころえるのが精一杯だ。
「……ほれ、どきどきしてるだろ」
「!」
 今にも肩を震わせそうなユリを、セリオスはおもむろに抱きしめた。そのたくましい胸板に彼女の耳を当てて、自分の心音を聞かせる。
「一緒にいて、暖かいからこうなっている」
「……うん……」
 抱きしめられるとあの時のバンダナと同じ、セリオスの馨りに包まれる。鼓動が早くなり、まともに返答が出来ない。その馨りに包まれると、彼の方は忘れているようだが、やっぱりセリオスがバンダナの君なのだ、とユリは確信を持てた。
「……ユリにだけ、だよ……」
 彼はユリを抱きしめたまま、その耳元へ甘く囁く。
彼の吐息が耳を刺激する。
 甘い声が、彼女の胸を締め付ける。
 何なのだろう。彼はどういうつもりでこんなことをするのだろう。
(―――セリオスは私のこと、どう思って―――)
 そこまで考えてユリは、なぜかセリオスにどう思われているのかが気になっている自分に気がついた。
(何なのだろう、この気持ち……)
 こういうときはどうしたらいいのだろう。なんと言ったらいいのだろう。
 彼女には初めての経験で、その感情がどういうものなのか、名前すらわかっていない。
「…ごめん…私、こういうとき何て言ったらいいのか、わからないの…」
 上手い言葉が出てこず、本当に申し訳なくて。何か言わなきゃと思っているのだが。
 ユリはセリオスの服の裾をぎゅ、と握り締めて謝る事しか出来なかった。
「いいよ、これからゆっくり考えれば、な」
 だがセリオスは別段気分を害した様子もなく、優しく彼女の髪を撫でる。
 優しくされると、何も返して上げられないことが辛い。ユリは一生懸命言葉を捜した。
「うん…あのね、でもね……」
 彼の手を取り、自分の胸に押し付ける。
「…私も、どきどきしているから……」
 どうしても伝えたかった。
 言葉では上手く表せないけれども、自分もセリオスと同じようにドキドキしているということを。
「……! あ、ああ……」
「セリオスだけじゃない、から……」
 にっこりと、笑顔を浮かべてみせる。
 胸を触らせられて真っ赤になったセリオスも、同じように微笑み返してくれた。
 その笑顔を見ると、心が温かくなる。満たされる。
「―――――――――……」
 思いが溢れて言葉にならない。
 ユリは思い切ってセリオスの腕にぎゅ、と抱きついた。捨てられそうになった子猫が、離さないでと哀願するように。
「―――――――……」
 セリオスはそんなユリの肩を優しく抱きしめた。
 彼女の不安を取り除くように、彼女にぬくもりを与えるように、彼女に自身の思いが伝わるように―――。






 了