白き無垢なる珠

「なぁ……そういえば、ユリの誕生日って、いつだ?」

 最初は、何気ない言葉からはじまった。
 俺の声に反応して、ユリが振り向く。
 
 「ほぇ? 誕生日?」
 「ああ」
 「ん〜〜わかんない……孤児院じゃ誕生日なんて意味なかったし……」

 ユリが過去を語るときは決して暗くならないが、さすがに、誕生日のことは、父母を思い出したのかかげりが見えた。
 聞いたことに少し後悔したが、このままじゃこっちの計画に齟齬が出るので、俺はユリにある提案をする。

 「あ…………すまね……じゃあ俺が決めてやるよ……俺とユリが再会した日、これでどないだ?」
 「……うん、そうする」

 一瞬目を丸くして……そして微笑むユリ。
 何度見ても、しびれさせてくれるこの微笑み。

 「さすがに最初あった日は……いくら何でも覚えてないし、これなら忘れようもないだろ…… てーことは6月6日か」
 「そうだね、でもいきなりどうしたの?」
 「ああ、なんとなく、な(てことはパールかアレキサンドライトかムーンストーンかだな……)」
 「??」

 ユリの疑問に生返事で返してしまう俺。
 心の中はすでに、ユリの薬指にはまる予定の指輪の青写真が出来ていた……。

                         *

 そんな会話のあった夜。
 宿のツインの一室を、俺とユリはほとんど住み着きの様に取っている。
 でも、寝るときは大抵一つのベッドしか使わない。
 ユリが寄り添って寝てるのを見計らって、枕に隠してた、剣の柄の滑り止めに使う細い紐を取り出す。
 そして、左手の薬指にすっと巻いて、紐に傷を付ける。

 「……7か8か……9はないな、8か」

 サイズを読み取って、ズボンのポケットに紐を隠す。
 もう一度腕枕をなおしてやって、ユリを寝やすい姿勢にする。

 「親父のおかげだな……剣も料理も、宝石の知識も全部ユリのために使えるとはな」

 俺の親父は、リボー王族の財務担当官だったせいか、貴金属や宝石の知識が詳しく、俺も知識だけは結構知っていた。
 誕生月にそれぞれの願いの込めた宝石が配列されていることも。
 ユリにそれを贈ってみたいな、と思ったのは、闘技場近くの商店街に、感じのいい宝石店を見つけたからだ。
 なかなか品揃えもいいように見えたので、闘技場で稼いだら、と思っていた。
 で、財布を見てみたら、すでに9000になろうとしていたので、思い切って買ってみようと思った。
 ……どんな宝石か分かってても、値段まではまだ分からないしな。
 あんまり高くなけりゃいいけど。

                         *

 ユリが武器屋に行って杖を調達するというので、俺も便乗して、武器の手入れが終わったあと、目的の宝石店に行ってみた。
 あまり縁がなかっただけに、門前払いを食らわないように埃を払い、汚れをぬぐい、金をすぐに出せるようにセッティングする。

 「さて……いってみるか」

 心の中で決意して、店のドアをくぐる。

 「いらっしゃいませ、何かご用命ですか?」

 感じの良い店員が一礼して出迎える。
 しかし、視線はすでに値踏みを開始しているようだ。

 「えーと、8号サイズの6月誕生石の乗った指輪あります? ……真珠でおねがいしたく」

 真珠の込められた意味は「健康・無垢・長寿・富」
 富はともかく、健康でいつまでも無垢純粋であってほしいと思えるから、ユリには。
 だから、三つある6月の誕生石の中から、真珠に決めた。

 「真珠ですね……あ! 申し訳ありません……真珠は現在、ミレトス地方の市場から仕入れた後搬送中なので……指輪への加工を含めて4日かかります」
 「4日か……」
 「アレキサンドライトならすぐ承れますが?」

 店員が別の誕生石を進める。
 が、アレキサンドライトの場合は、込められた意味が「健康・富」の2つだけである上に、光を当てることによって光沢の色が変化するのが、何かユリらしくないと言う気がした。

 「いや……4日後でかまわない。真珠を加工してくれないか?」
 「かしこまりました。台の指輪の材質は?」
 「あればプラチナ、なければホワイトゴールドで。メレストーン(脇添えの宝石)は光沢を引き立たせるためダイヤで。0.25カラット2個あればいいかな」

 店員の視線が揺れる。
 しがない傭兵のように見える客が、いきなり指輪の専門用語で返されるとは思わなかったのだろう。

 「それでしたら……これでいかがですか?」

 店員が中央の石をはめる前の指輪を持ってくる。

 「台はプラチナ、先程のメレストーンもご要望通りのものです。少々控えめで、サイズは10号と多少大きめですが……」
 「サイズ直しはしてくれるんだろう?」
 「はい、勿論です」
 「なら、これでいい、これに真珠を取り付けてくれ……これだと10_玉が入るな」
 「はい、そのとおりです。なかなかお目が高い」

 プラチナの控え目と鮮やかさが同居した銀光沢と、細工の妙と、真珠の光沢がいい感じでそろうモノと思えた。
 しかし、問題は値段である。

 「で、真珠を入れて……いくらになる?」
 「そうですね……サイズ直しと真珠をはめる加工料はサービスとして……1000Gでいかがですか?」

 店員の目が底光りを帯びてくる。
 が、俺はいささか拍子抜けした。

 (鉄の剣1本と同じ値段か……)

 でも、鉄の剣は兵器、指輪は装飾品、それに何も最高級じゃないのだからこんなモノなんだな、と思った。

 「……それじゃ、これで」

 懐の中から1000Gずつ分けておいた金の小袋を一つ渡す。
 確認した店員がびっくりしたようだ

 「あの、全部前渡しでよろしいのですか?」
 「預かり証ぐらいは書いてくれるだろうな」
 「そ、それは勿論です……」
 「できあがったら、連絡をくれ。俺はこの宿に逗留しているから、女将に伝えてくれればいい」

 宿屋の住所を教えるとさらにびっくりしたようだが、俺を
(何か旅の貴族で必要になったからかったのだろう)
と思ったのかもしれない。
 店員の視線が慇懃なモノに変わってきた。

 「誠にありがとうございます……それでは4日後、必ず連絡を入れますので」
 「ああ、頼むよ」

 こっちもあくまでも鷹揚にうなずいて、店を出る。
 そして、店から少し離れた場所で盛大にため息をつく。

 「はぁ…………疲れた…………闘技場より疲れるって、何なんだ」

                         *

 で、注文から4日後。
 どうやらユリも何か計画を立てていたのか、夜なべして何かしているみたいだ。
 眠たいらしく、水恐怖症を克服するための特訓のときに、眠ってしまって水に顔つけたときはびっくりした。
 危うく水恐怖症を逆にひどくするところだった。
 でも、タイミングが良かったと感じたのは、今日の朝、目を覚ましたときに、ユリが達成感に満ちあふれた顔をしたときだった。

 「あ、おはよー」
 「お、おはよ……居眠りはもう直りそうか?」
 「……うん、今夜からはぐっすり眠れるかも。心配かけて、ごめんね?」

 俺の言葉に照れて答えつつ、しっかりと謝るユリ。
 素直で可愛いじゃないか……どーも朝から酔ってしまう。

 「いや、いいよ(にこ それじゃ今日の夕食は……少し張り込もうかな」
 「???」

 俺の言葉に首をかしげるユリ。
 かまわず、言葉を続ける。

 「俺の方もちょっとあるんでね……ま、すべては夕食の時に判明させようじゃないか」 「よくわからないけれど、わかった」
 「ユリも夕食の時にはちゃんと理由言ってくれるんだろ?」
 「うん、そのつもり」
 「じゃあ、それでいいや……こっちもユリに言うことあるから、何、心配するような事じゃないから、な」
 「……うん、わかった。セリオス、楽しみにしててね?」

 笑顔で答えるユリの表情……駄目だ、どーもおぼれていくことに快感覚える自分がいる そして、今日の夜の準備しようと思ったときに、宿の女将さんから呼ばれた。

 「セリオスさん〜宝石店の方から、注文の品が出来たって伝言もらったわよ」
 「あ、きましたか、ありがとうございます」
 「彼女へのプレゼント? 張り込んだわね〜」
 「まあ、そんなところで」

 苦笑しながら応じてると女将がさらに言う。

 「しかし仲いいわね〜お連れのお嬢さんも何か作ってたわよ、セリオスさんへのプレゼントかしら」
 「ほう……ま、ユリから直接聞きますわ。今日言ってくれる予定なので」
 「その方がいいわね、さ、行ってらっしゃいな」
 「んじゃいってきます」

                           *

 「これはいらっしゃいませ、セリオス様」

 宝石店に行くと、外を掃除していた店員が俺を見つけて、すぐに礼をしてきた。
 ちょっとむずかゆく感じながらも、顔にはあくまでも鷹揚さを示す。

 「連絡を受けた、出来たんだって?」
 「はい、白真珠の方にあまりできのいいのがなく……」
 「てことは、黒真珠になったのかな?」
 「いえ、黒真珠はあいにくなかったそうです」
 「?? それじゃどうしたんだ?」
 「真珠というのは貝の中に芯を入れて作るのですが、とある特殊な貝を使うと光沢が白銀から虹色に変わるんですよ、その真珠が手に入りましたので」
 「ほお…………」

 さすがにそれは知らなかった。
 白と黒があるのはリボー城の宝物庫でも見たことがあるから知っていたが……真珠一つでも奥が深いモノだ。

 「ごらんになりますか?」
 「ああ、是非」

 何となく心臓の鼓動が速くなる。
 はじめて見る真珠に、それを付けたユリに対してどきどきしてるのか。
 そして運ばれてきた指輪には、しっかりとその虹色光沢の真珠が填められていた。
 虹色の光沢を、メレストーンのダイヤが反射して、さらにプラチナの台に映り、得も言われぬ表情を醸し出していた。

 「こいつは……すごい……」
 「白真珠でも良かったかもしれませんが、虹色の方が艶がありますね」
 「だな……」

 白の無垢を選んだつもりだったが……虹色に輝くこの指輪を見た瞬間、この輝きに負けない人生を、二人で送れたらと思えた。
 現金な奴だな、俺も。

 「……値段の方だが……」
 「あ、この前いただいた1000Gで十分です」
 「え……でも。安くないか?」
 「宝石にも縁というモノがあります。この虹色の真珠が唯一ぴったり合ったと言うことは、貴方と、貴方の送る相手に縁があったと言うことになります。その縁を売る側が崩すまねは出来ませんよ」

 店員の言葉に、さすがにぐっと詰まった。
 自然に頭が下がる。

 「……ありがとう」
 「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございます、これをご縁にひいきにしていただければ」
 「ああ、そうさせてもらうよ」

 店員の笑みに、こちらも笑みで返した。
 こうまで言われたら、仕方ないわな。
 さあ……ユリに渡したらどんな顔するだろうか……今から楽しみになってくる。

                           *

 その日の夕方、俺は久々にケーキを焼いたりした。
 出会った日を誕生日と言ったものの、あのころはまだ余裕がなくて、祝えなかったのが心残りだった。
 初めての誕生日をどうしても祝いたくて。
 でも……思わぬプレゼント交換になってしまった。

 「えっと……私、セリオスに何かプレゼントしたくて、でも、何を上げたら喜んでもらえるかもわからなくて……で、いろいろ考えたの」
 「え、俺……に?」
 「私、洋裁はそこそこできて……お師さまから教えてもらったんだけど。だから……喜んでもらえるかはわからないけれど、一生懸命作ったから、これ、もらって?」

 そう言われて渡されたのは、かなり大きな紙包み。
 どうやら、小物とかとはレベルが違うみたいだ。
 どきどきしながら包みを開けてみると……その中には、俺の故郷のイザーク風の、裾の長い「長衣」と言われる物。
 青を基調とした上品な布を使い、縫い目も丁寧に、そしてしっかりと作ってある。

 「あ、あんまりみないでっ……恥ずかしい」
 「そんなことない……かっこいい……着てみて良いか?」
 「うんっ。サイズ間違ってないといいけれど」
 「お〜良い感じじゃないか……動きやすいし」
 「気に入ってもらえれば……うれしいな、ちょっと時間がなくて、ズボンまでは作れなかったんだけど……」
 「十分……すげーよ、ここまで作れるとは……ありがとうな、ユリ」

 着替えてみたところ、サイズもぴったりで動きやすく、それでいて、やっぱりかっこいい。
 何よりも、徹夜して暇さえあれば針を使っていたユリの根気に、じんと来た。

 「……よく頑張ったな。その気持ちが、一番うれしいよ」
 「うん、セリオスの慶んでいる顔を想像しながら作ったから……辛くはなかったよ」
 「まあ……からだと相談してくれ、それだけはこれからも頼むわ」
 「……ん、わかった……で、セリオスの話って?」

 さあ、こっちの番だ。
 持っていた指輪の箱をポケットから出す。

 「左手出してみ」
 「……?」

 言われるままにユリが左手を出す。
 俺は薬指に、あの真珠の指輪をすっと填めた。

 「………え?」
 「俺とユリが再会した日を誕生日にするって言ったろ……6月6日が誕生日、その誕生月の宝石というのがあって、その一つが真珠なんだ」
 「真珠……」

 まだ呆然として指輪を見てるユリ。
 まあ、当然と言えば当然か。

 「真珠に込められた願いは『健康・無垢・長寿・富』富とかはともかく、健康で無垢であってほしいから……そして、今年の分の誕生日のプレゼントはまだだったから、ね」
 「……セリオス……」

 涙をこらえるユリ。
 参ったな……俺も心が熱くなる、ユリのその表情が、俺を熱くさせる。
 これを大切にしたいからこそ……俺はがんばれる。

 「ユリが何かしてるのは分かってたから、うぬぼれじゃないけど俺のことだったら、そのお返しにしようかと思って買った」
 「ありがとう、ありがとうっ…絶対に、大事にするからっ」

 右手で涙をぬぐい、そして指輪ごと左手を抱きしめるユリ。
 俺はそんなユリを、愛しげに抱きしめた……。


                                                   FIN